教育AIが変える21世紀の学び
指導と学習の新たなかたち もくじ

編訳者はしがき
「教育における人工知能」への賛辞
謝辞
はじめに―背景

第1部 生徒は何を学ぶべきか?:AIがカリキュラムに与える影響
1 教育の目的
2 基礎となる知識:生徒は何を学ぶ必要があるか?
3 コア概念の概要
4 必須のコンテンツの概要
5 意味づけとAIアルゴリズムの影響
 5.1雇用可能性
 5.2拡張知能
 5.3教育への示唆と生徒が学ぶべきこと
 5.4 意味の重要性
 5.5 直感
 5.6 有意義さ:知識を動員する
 5.7 概念の道具箱をつくる
 5.8 転移:学習した知識を新しい状況で使う
 5.9 意味の領域
 5.10 問題のある知識
 5.11 最適化
6 コア概念
 6.1 最も重要なことは何か?
 6.2 「知っている」と「できる」
 6.3 重要な知識枠組み
 6.4 ツールとしての概念指標
 6.5 構造のレベル
 6.6 概念によるコンテンツの体系化
 6.7 コンテンツの構造
7 必須のコンテンツ
 7.1 何でも検索できるなら,なぜ何でも学ぶのか?
 7.2 ダニング= クルーガー効果を避ける
 7.3 日常生活で使うスピード,流暢さ,自動性
 7.4 社会的に共有された背景知識
 7.5 複雑な概念に必要なもの
 7.6 コア概念の基質となるコンテンツ
 7.7 コンピテンシーの基質となる知識
 7.8 知識の現代化
8 どのコンテンツを追加すべきか
 8.1 テクノロジーとエンジニアリング
 8.2 メディア
 8.3 企業家精神とビジネス
 8.4 個人金融
 8.5 ウェルネス
 8.6 社会科学
9 どのコンテンツを削除すべきか
 9.1 非分野的な構造
 9.2 カリキュラムの設計に学際的テーマを組み込む
 9.3 学問分野の変化
10 実際上の考慮事項
 10.1 意思決定
11 結論

第2部 どのように?:指導と学習にAIがもたらす期待と影響
1 教育におけるAI
2 AIの背景
3 AIの技術と用語
 3.1 アルゴリズム
 3.2 機械学習
 3.3 教師あり学習
 3.4 教師なし学習
 3.5 強化学習
 3.6 人工ニューラルネットワーク
4 AIは教育でどのように機能するか
 4.1 教育におけるAIの歴史
 4.2 適応学習
 4.3 コンピュータ支援教育
 4.4 AIとCAI
― 教育におけるAIの活用 ―
5 知的学習支援システム
 5.1 領域モデル
 5.2 指導モデル
 5.3 学習者モデル
5.4 典型的なITS のアーキテクチャ
 5.5 ITS の効果を評価する
 5.6 Mathia
 5.7 Assistments
 5.8 alta
 5.9 さらなる例
6 対話型学習支援システム
 6.1 CIRCSIM
 6.2 AutoTutor
 6.3 Watson Tutor
7 探索型学習環境
 7.1 Fractions Lab
7.2 Betty’s Brain
7.3 Crystal Island
7.4 ECHOES
7.5 まとめ
8 自動ライティング評価
8.1 PEG
8.2 Intelligent Essay
8.3 WriteToLearn
8.4 e-Rater
8.5 Revision Assistant
8.6 OpenEssayist
8.7 AIによる採点
9 他にどのようなAIEDがあるのか?
9.1 ITS プラス:ALT School,ALP,Lumilo
9.2 言語学習:BabbelとDuolingo
9.3 チャットボット:Ada とFreudbot
9.4拡張現実と仮想現実
9.5 学習ネットワーク編成器:Third Space Learning と
  Smart Learning Partner
10 他にできることは何か?
10.1 協働学習
10.2 生徒フォーラムのモニタリング
10.3 連続的な評価
10.4 AIによる学習コンパニオン
10.5 AIティーチングアシスタント
10.6 学習科学を発展させる研究ツールとしてのAIED
11 教育におけるAI:暫定的なまとめ
12 教育におけるAIの社会的影響
12.1 AIEDテクノロジーが教室に与える影響
12.2 AIEDの倫理
補足1
A1-1 トピックと概念のつながり
A1-2 コンテンツの進化
A1-3 分野横断的なテーマ
補足2
A2-1 AIとは何か?
A2-2 今日のAI
A2-3 AIの技術
A2-4 AIの技術と専門用語

CCR について
 当センターの基本理念
「何に」にフォーカスする 
 当センターの業務
著者について
付論:人工知能と教育人材の養成
 はじめに
 なぜ教育人材の育成なのか 
 教育人材育成のストラテジー
 教育人材は「生身の人間」である必要があるのか